切花材料の手引書をはるかに越える技術書
「剪花翁伝前編」
  水竹亭中山雄平著  嘉永四年
 
 「せんかおうでん」 と読む。嘉永四年(1852)紀州、水竹亭中山雄平著、水竹亭蔵版によって同年板行された。五巻五冊本である。(多くは五巻四冊江戸須原屋茂兵衛本が流布)内容について、巻一の凡例の凝初の項をまず紹介しよう。

 浪花あたりの俗言に剪出(きりだし)といへる者六七十個(にん)あり 嘗(かつ)て近郷近国二日路三日路又甚(はなはなし)きは四五日を歴て草木の花葉を前得(きりえ)て花売市に鬻(ひさ)ぎ家業とせり この徒の中に代々伝へて業とせる老練のものの手馴覚えし剪花保育の温室冷窖升水薬水等(むろひやしみずあげやくすい)の専要たる精義を今更(いまさら)に著(あらわ)して挿花者流(いけばなし)目近くなし易(やす)きたぬにせり。

とあり、活花材料としての草木を切る心得、水揚げ、促成、荷造、運搬、保存、栽培、名称など詳細に記述され、単なる切花材料としての手引書をはるかに越えて、当時近畿地方を中心とした園芸技術や園芸植物の品種までも識ることができる。記載植物の総数は三六一種に及ぶ。

 例えば巻四の水仙学作りの方法を簡単に紹介すると、

 四月(旧暦)に球根を場り上げ(早掘り)大きく分球していない丸球を選び、乾燥させ、小便に浸し(消毒の一種か)そのあと黒石の上に並べ一ヶ月後に(高温処理)植えつけ、葦簾(よしず)で日覆をし一日に一度以上真(しんれいすい)冷水を芽が伸出すまで澆ぐ(低温処理)その後葦簾を払い日当りを良くし、陽気を地中に入れ花を催す(温暖にする) とある。何れも現在の秋植え春咲き球根類の促成栽培技術と手順は同じであり、驚きである。

 本書は前編とあり後編が予定されていたであるうが、未刊に終わったようで残念である。    (著者‥補)