最も古いボタン専門書
「牡丹名寄と刊誤牡丹鑑」
  牡丹名寄    著者は不明、序文は團水白眼  貞享五年春
  刊誤牡丹鑑  著者は明確ではない、序は晩英軒  元禄二年春、
「牡丹名寄」
「刊誤牡丹鑑」
 奈良時代に中国から薬用植物として渡米したと云われるボタンに関する本や資料は多い。中でも今回紹介する「牡丹名寄」、「刊誤牡丹鑑」は我国で印刷されたボタン専門書の最も古いNo1とNo2であると確信している書物である。

 名寄の方は、著者は不明、序文は團水白眼なる人、貞享五年春(同年九月改元、元禄元年、一六八八)、京都定屋丈助開板で上下二冊。

 内容は序、後跋以外はすべてボタンの品種解説であり、上巻は白色系を集録し品種名とその色や形など特徴を解説したものが一一七種、品種名の為が四〇種、下巻は紅色を種とした色物を集め解説付が一〇六種、品種名のみが三七種、上下で三〇〇種が数えられる。

 一方刊誤の方は、著者は明確ではないが、序は晩英軒なる人、序文の内容から著者であるらしい。元禄二年春、定屋丈助開板、上中下三冊、前者と同様の装丁である。

 内容は、上巻は白系一一六種、中巻は紅系で一一八種、下巻は薄色紫類三四種と栽培として土拵様、肥料などが書かれ、品種はすべて解説付である。

 名寄の跋に著者は「ほんの少しの見聞知識で書いたのでまだまだ名のある品種も多いと思うので気付いた人は出版元まで申し出てほしい云々」とかかれている。それを受けて、刊誤の方は「名寄」で間違っていたり、不足を補うのであるとその間の事情を詳しく序文中に書いてあるのが面白く、元禄初年、京都を中心としたボタンの栽培熱と品種を知る貴重な文献である。